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宇多田ヒカルさんの「花束を君に」の花束ってどんな花束なんだろう?

先日、ラジオで流れてきた宇多田ヒカルさんの「花束を君に」
何かをしながら聞いていたと思うのですが、美しいメロディ、歌声に乗る、細切れに印象に残る言葉たちが心を捉えて。後で歌詞をウェブで調べたら、ああ、なんて美しい歌なんだと改めて思いました。
言わずもがな、なんですが、これはお母さんのことですよねえ。
はっきり書いていないけど。
で、ふと「花束」が死んだ大切な人への花束であることを想像(連想)させる。
それってなぜかしら?
と考えて頭に浮かんだのが「アルジャーノンに花束を」でした。
話の内容もそうなんですが、確か昔のハードカバー版の表紙には、クラシックな花束の絵が描かれていて。
宇多田ヒカルさんの「花束を君に」の「花束」のイメージってあんな感じかなあと考えて。
「アルジャーノン」は手元にないけれど、イメージに近い花の絵があったはずと思って本棚を探して、見つけたのがこちら。

福田美蘭さんの「冬-供花」。
二年ぐらい前の福田美蘭展のときのカタログです。この作品は、展覧会のカタログの表紙にも使われていて、いわば展覧会を象徴するような作品なんですが、実はちゃんとキャプションをじっくり読んでいなくて
改めてキャプションを読んだら、この作品は、福田美蘭さんのお父さん(故福田繁雄さん)が亡くなったときに届けられた花を写真におさめておき、その花々の写真をもとに描かれたものとか。
ああ・・・。
偶然とは言え、驚いたというか。
福田美蘭さんの作品の斜め下にあるのが、この作品の元ネタ?となった作品。
震災後、福田さんは作品の上で震災をどう扱っていくかを考えあぐねていたとき、このゴッホの「薔薇」を見て、お父さんが亡くなったときに贈られた花を思い出し、この作品をきっかけに震災で命を落とした人と向き合う一歩を踏み出すことができたそうです。


以下、カタログからの引用
「花々を世話する時間に救われて、私はそのときを乗り切ったと思う」
「目の前のゴッホの作品にある強さが、あの白い花にもあったと思い、それを描くことにした」
「届いた花は花かごごとにその方の思いが伝わってきたこともあり、一枚ずつ花かごを写真に撮っていた。この作品はそのL版の紙や木をもとに描いている」

改めて読んで、ジンときたというか。。
宇多田ヒカルさんの歌の「花束」にも通じるなあと思って、
福田美蘭さんの作品、ゴッホの作品からイメージして作ってみたのが
この花束。

材料は、抹茶カプリコと、削ったホワイトチョコ、自家製抹茶クッキーのクランブル、抹茶のキットカットなど。花束を包む白い部分はマシュマロフォンダンです。
※歌詞では「涙色の花束」とあるので、リボンは薄い水色にしてみました。
せっかくなので、ほぼおなじ材料でゴッホの「薔薇」も。

下手っぴですがw まあ雰囲気は出ているのではないかなあと。
あ、ちなみに背景は百均の色画用紙セットをL字型に開いたものです。
偶然ですが意外と色味があったので使ってみました。
しかし、ゴッホの「薔薇」、見たかったなあ・・・。
ゴッホとかルノアールとか、巨匠系は避けていたわたし・・・
今度から変な偏見持たずに見ようと激しく反省しました。
★おまけ★
今回は、作品を作る前に色々スタディみたいなものをやりまして。
最初に作ったのがこれ。
アンリ・ルルーのゆず抹茶味の板チョコをベースに作った作品。

絵の雰囲気は出ているのですが、平面のせいか何だかいまいちw
ということで立体にしてみたのが上記の作品です。

今回、平面も立体も、(お菓子ですがw)花束を編む作業は本当に楽しくて。むかし、職場で「生け花」を習っていたときのことを思い出しました。
宇多田ヒカルさんの歌詞に登場する「花束」の花も、聞き手の想像に委ねられる、いわば想像の中で編まれる花束、そういうレトリックが効いているからこその傑作なんだろうなと改めて思いました。

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