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アーティストとか、責任とか

「似てる」ネタはこの辺にして。

愛しのロック・スターの話を書いているときに、ふと思い出したことが。十数年前の櫻井さんも素敵だったけど、出戻ってきて、ああ、この人はやっぱり凄い人だ、と思ったのは、櫻井さんの自分の作品に対する腹のくくり方でした。
櫻井さんは、この独特のダークな作風に「こんなことを書いてしまっていいんだろうか」と悩んだ時期があったそうです。悩んで悩んで、そして決めたそうです。

僕は自分で責任が取れないことは歌わない」と。


この話は、偶然、土屋昌巳さんのインタビューで知ったんですが、凄いと思いました。
ソースは、こちらです。このインタビュー、かなり面白いので、お時間があればぜひ読んでみてください。

フィクションが現実社会に与える影響を考えたとき、アーティストはその責任をとれるのか、という問題は、昔から議論されてきたことで、筒井康隆なんかは、自分の作品の愛読者が殺人事件を起こしたときに、自分の作品の影響を認めているんですね。小説とか芸術というものは悪をはらんでいるものだから、そういうことが起こってしまうのは仕方の無いことだと。
この話は、こちらのサイトにも書かれています。
筒井さんみたいに、あっけらかんと責任を放棄することができる、それに値する(?)人間って、ほんのわずかだと思います。

岡田斗司夫さんは、ガイナックス時代「宮崎事件」が起こったとき、凄く葛藤したそうです。
仕事仲間は「俺達は宮崎とは違う」と言っていたけれど、美少女が好きで、アニメが好きで、そういうアニメを供給している俺と、宮崎との違いが何かといわれたら、答えることが出来なかった。こういうアニメを供給することに対して責任が取れるかと言われて、答えることができなかった。岡田さんは、結局そのことに対して答えを出せないまま、ガイナックスをやめたのですが、それぐらい「アーティストが作品に対して責任を取る」と明言することって難しいし、大変なことだと思います。

作品(フィクション)が現実社会に与える影響について、アーティストは責任があるのだろうか、という命題はきっと永遠に解けない命題だと思います。

でも、ここに「少なくとも自分が歌った歌に対し責任をとる」という人がいるならば、わたしはその人をずっと追いかけていきたいと思います。

櫻井さんのこの話を聞いたとき、櫻井さんが背負うといった責任に比べれば、本当にささいなことかもしれないけれど、仕事でも社会でも、常に責任というものを忘れずに生きていきたいと思いました。だって、わたしはこの「社会」というものの中ではぐくまれて生きているし、責任というものは、その社会との絆なんですから。

いま、自分がやっている仕事も、一言一句、気を遣うけっこう責任の重い仕事をやっていますが、より一層、「責任」というものを意識して仕事をしていきたいと思います。

実際、そうじゃないと仕事なんて面白くないですしね・笑

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