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白夜行

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先ほど、DVD「白夜行」全巻見終わりました。
いやー、面白かった!

まず最初に東野圭吾の小説「白夜行」を読んで、それからドラマを見始めたんですが、これが大正解。

「白夜行」は購いきれない罪を背負った2人の男女が主人公なんですが、小説版では彼らの心情は一切描かれていない。いわば、主人公達は物語の中でボイド(空白)として描かれています。第三者の視点で描かれた彼らの姿、そのレイヤの積み重ねにより、読者(わたしたち)の心の中にボワっと浮かび上がってくる。それがなんともいえない恐怖というかイマジネーションをかきたてる存在になっています。

東野圭吾の小説は「秘密」「容疑者x」しか読んだことがありませんが、エンタテイメント小説家としては、なかなか面白い作品を書くと思います。

でも、

人間表現としての深みがない。
(ゴメン)

文学としてかほりたつものがない。
(さらに、ゴメン)

これだから、理系の作家はダメなんだよ!

とまで思っていたけど、これは、違う。

東野圭吾の特性を逆手にとった傑作だと思います。
(まだ、東野圭吾を見直した!とまで言わない・笑)

で、ドラマなんですが、小説ではひたすらボイドの存在だった彼らの心情がものすごく丁寧かつ説得力をもって描かれています。

何せ小説では、彼らの心情はボイドですから、読者の想像に委ねられます。だからドラマで描かれる彼らの心情をみて「えー、そんなはず無い」と思われるおそれもあったと思います。

そこを!

小説版の愛読者であっても「なるほど~」と説得させてしまう絶妙のストーリーとして展開しているわけです。

おそらく、脚本の森下佳子さんは、かなり小説を読み込み、それを丁寧に丁寧に解きほぐしていったのだと思います。演出も緻密で、ディティールも凝ってる。

「2人で太陽の下を歩きたい」

小説ではまったく描かれていないふたりの心の闇が、ものすごい重みとリアリティをもって訴えかけてきます。

個人的には、雪穂が教会で「結局神様はわたしのことを助けてくれないじゃない」と大暴れするシーン。篠塚一成になぜ惹かれていったかを描いたシーン。
雪穂がビジネスで成功し、階段を駆け上っていく一方で、どうしても拭いきれない「影」、「もうあとにひけない自分」、「自分はなぜこんなことをしているのか分からなくなる虚無感」、彼らを執拗に追いかけていた元刑事笹垣が、最後の最後、亮司に購うシーンにグっときました。

こういうドラマをみると、「やっぱり日本人のセンスってすごいな」って思います。

さっき、思わず「購い」って言葉を使ってしまいましたが、この小説の内容、アメリカとかだったら、間違いなくキリスト教的切り口で描かれると思います。
ヘンな言い方ですが、キリスト教のフォーマットで解釈されてしまうぶん、すごく単純化される気がします。
そこを、宗教とかそういうものなしに、自分たちの頭で考え、葛藤する、その辛さみたいなものが丁寧に描かれているのがいいなあと思いましたよ。
あと、単純に、この繊細さ、ディティールは、日本人独特の感覚!外国人にはマネできないと思いました。

ああ、日本のドラマって素晴らしいなあ。

これからご覧になる方は、ぜひ小説版を読んでからご覧になることをオススメします。

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