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2008年11月

かんらん車

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今日も一日パっとしない天気でしたね。
でも、こういう曇天の冬の寒空も悪くないなって思うんです。

例えば、ユーミンの「かんらん車」の世界。
曇天で、寒くて、雪が降り始めたような日。
遊園地の観覧車に乗って、空いっぱい広がるグレーを重ねた情景の中に身を委ねる。
白雪に重なるチャコールの下界には温かな家の風景が見え・・・その中には、「彼とあの人」の住むあたりが見える。

この曲の凄いところは、曲と歌詞とのマッチング。
「ゆるやかに~空はめぐりはじめ」のあたりで、観覧車が上り始め、本当に目の前ぶわっとにグレーの風景が広がるような感覚に襲われるんですよね。

で、観覧車がおりてくると、夕方の遊園地、乗り物が一つ一つ止まりはじめ、寂しさや恋の終わりを暗示させる情景が展開されます。

そして、なんといっても白眉なのは歌詞の最後

「地上に戻る頃 世界が止まる」

そう。
世界が止まるんです。

内容的にはかなり暗いんですが、歌詞は本当に美しい。

泣きたくなるほど美しい。

あふれんばかりの才能を感じます。

ファンの方はご存知だと思いますが、遊園地のモデルは昔の二子玉川園。多摩美術大学を受験した日、着くのが早すぎてしまったユーミンが二子玉川園に立ち寄ったとき、この歌詞の着想を得たそうです。

そして、彼女の大学の卒業制作は「曇り空」だったと聞いています。

晴れの日でもなく、雨の日でもなく、その中間の微妙なゾーンの中に垣間見える何かを描くのが上手い人なんだなあと思います。

●かんらん車 このコンサートのときのアレンジも実にいい!
http://jp.youtube.com/watch?v=pXHZf9pHax4

曇天といえば・・・
名曲「ベルベットイースター」も曇天だし、タイトルそのまま「曇り空」って曲もありましたね。
●ベルベットイースター 

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わたしってインディゴチルドレン?

すんません。アートとはあまり関係ないネタなんですが、先日ある方からインディゴチルドレンの話を聴きまして。
インディゴチルドレンとは、「新しい変化」を起こすために、そして「変化を迎えるため」にやってきた魂のグループのようです。
昔はADD、ADHD(注意欠陥多動性障害)と間違えられたこともあったとか。アーティストにもインディゴの人って多いかも?

ネットで色々調べてみたんですが、インディゴの子は理解されない苦しさを抱えて育つことが多いようです。
自分のことを理解されない苦しさ・・・分かる分かると大きくうなずいてしまいました。
わたしなんか、物心ついたときからそうでしたもん!
で、わたしの場合、この理解されない苦しさが、孤独感とか、理解してほしいエゴにつながっていたと思います。
そういえば、昔カレシと付き合っていたときも、しきりに「めぐ理論」を展開していましたもん・笑

ちょっと画期的な理論の提案(何言ってんだって顔で見られる)
→なぜそういうことが言えるのかという論理付け(ふ~んという顔で見られる)
ここで、カレシがたいてい何か突っ込もうとするのですが、その突っ込みもわたしの理論の前では突っ込みの部類に入らず、結局めぐ理論が正しいことが立証される

というパターンが多かったと思います。
(具体的には何を話したかは思い出せないです、すんません)

男の人に逃げ場を作らぬ、嫌なオンナですね~!!

でも、わたし、こういう面白い思いつきを言わずにはいられなかったし、そういう話ができる人がカレシの条件だったかも。

そのほかにも腑に落ちることが多く、インディゴチルドレンに興味津々です。
近いうちにをよんでみようと思います。

インディゴチルドレンの10の特徴を列記します(ナチュラルスピリット社から「インディゴチルドレン」より)
もしかしてあなたもインディゴチルドレンかも?

1・インディゴは尊厳を漂わせながらこの世に生まれてくる(多くの場合、生まれた後もそのように振舞う。)

2・彼らには「自分は存在するべくして存在している」という気持ちがあり、他人にそれを理解されないと、気が動転してしまう。

3・自己評価には重きをおかない。彼らはよく親に「自分は誰なのか」を語る。

4・絶対的な(説明や選択の余地を与えない)権威を受け入れない。

5・特定のことをあっさりと否定する。例えば並んで待つ事は、彼らには難しい。

6・創造的思考を必要としない儀式的なシステムには、欲求不満を募らせる。

7・家庭でも学校でも、物事のよりよいやり方を見つけ出すので、「システム・バスター」(いかなるシステムにも従わないもの)のように思われてしまう。

8・インディゴの仲間と一緒にいるとき以外は、非社交的であるようだ。自分に似たような意識のものが周囲に誰もいないと、しばしば内向的になり、誰からも理解してもらえないと感じる。そういう子供達にとって、学校生活は非常に難しくなる。

9・罪悪感を持たせるようなしつけ方、例えば「そんなことをして、お父さんが帰ってきたら怒られるわよ」といったような説教をしても効果がない。

10・自分が必要とすることは臆することなく伝える。

今日は、ちょいスピ(ちょいとスピリチュアルの略・笑)な内容でいってみました。

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BUCK-TICK ライブ当選!

12/6(土)のBUCK-TICKのライブ@ZEPP東京、当選しましたー。
ヤッホー!
当選前から手帳に書いて、予定もブロックしておいたので、スケジュール的にもバッチリ。
昼間に友達の家でエステを受けて、おしゃれしてライブに向かいます。
まっててねー!
あっちゃん!!
●世にも美麗なPV「ロマンス」

●最近のマイテーマソング「胎児」

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成功への近道

毎月楽しみにしている、岡田斗司夫のひとり夜話@Gyao、先日の放送でなかなかイイ話をしていました。
ずばり「成功への近道」!

要は
ビジネス書などで紹介されている、成功者の成功の秘訣ってのは実は殆ど使えない。
実は「ラッキーだった」これ以外説明できない。
でも、成功するのをあきらめる必要はない。
「失敗するようなこと」をやめてみればいい。
という話。

妙に納得!!

私が6年前に取得した○○士の試験、5%ぐらいの難関なんですが、自分がなぜ受かったかというとやっぱりラッキーだったとしかいいようがないですもん。
で、当時のことを振り返ってみると、やっぱり失敗しないようにしていたのがよかったなと。一つのことにハマりすぎて、他の科目の勉強がおろそかにならないようにしたり、常に80%ぐらいの成果を出すようにしていましたし。
成績は必ずしもよくなかったんですが、余計な知識を詰め込んで思い込みや勘違いで間違った方向に爆走することはなく、「みんなが知ってることは頭に入れておく」ぐらいのマイペースで続けてましたね。
結局3年という、ほどほどの期間で合格することができました。

誰にでもチャンスはあるので(これを信じるのは大事)。
まずはリスクの少ないやり方で1回目のトライ。
その次に、そのトライで学んだことをもとに2回目のトライ。
こうやって失敗のリスクをどんどん減らす工夫をしながらチャンスを待つのが成功の近道ということです。
成功のしかたも、その人ごとに違うハズだから、その人なりの成功の仕方を見つけるということですね。

その理論は、例のレコーディングダイエットにも生かされていて、レコーディングダイエットでなぜ痩せるかというと、太るための努力をやめているから。
つまり、痩せるために何かをするのではなく、太るための努力をやめる。
そうすることで痩せているんですね。
で、なぜ太るのかはその人によって違うはずだから、まずは自分の食事をレコーディングして「見える化」する。
そして発見させる、というのがこのレコーディングダイエットのミソですね。

もっと一般的な例だと起業。
ラーメン屋やりたいと思ったならば、いきなり開業するのではなく、小規模にトライしてみる。
22:00閉店のお店で、22:00~2:00まで間借りして、20杯分だけラーメン売ってみる。そこでよい感触を得たら、少し規模を広げて次のステップに進んでみる。いきなり開業したのではリスクが大きすぎるじゃないですか。まずは小さな規模でトライ。小さな規模ならワクワクにしたがってトライができる(プチクリ理論ですね!)。そういうことです。

「ラッキーだから」

なぜあの人は成功したんだろうと思うとき、そう割り切ると、なんだかちょっと気が楽になりました・笑

そして、失敗するようなことをやめればいいと思うとさらに気が楽になりました・笑笑

レッツトライ☆

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インタビュアーとアーティストとの蜜月な関係

先日、ニコニコ動画で面白い番組を見つけました。
BUCK-TICKが「十三階は月光」をリリースしたときの櫻井敦司のインタビュー。
新潟ローカルの「音楽と髭」という番組の中でのものでした。

いやー、びっくりしました。このインタビュアー只者ではないです。
BUCK-TICKの音楽をかなり深いところまで理解してインタビューに臨んでいます。

とくに、「ロマンス」の制作過程における、櫻井敦司の葛藤を引き出したあたりはさすが。
櫻井敦司、十八番とも思えるこの歌詞ですら、ここまで葛藤するのかと。
アーティストがアーティストになりきる瞬間、ナルシストがナルシストになりきる瞬間を垣間見せてくれた非常に貴重かつ有意義なインタビューでした。

恥ずかしながら、このインタビュア(棚橋さん)を存じ上げなかったのですが、新潟では有名な方らしいですね。
地元新潟のタウン誌の別冊として「cast」という雑誌の編集をしているとか。
このcastも知る人ぞ知るインタビュー雑誌で、年2回の発行ながら、その充実したインタビュー内容から、口コミで人気が広がり、いまや、全国のhmvなどのレコードショップで扱われるようになったそうです。
http://www.spinnet.jp/hamihami/book/colum/pub0204.html
castの真摯なインタビュースタイルから、ミュージシャンもcastだからこそ答える、的な内容も多いというところに、非常に興味をそそられました。
→ヤフオクでずいぶん昔のcastをみつけたら、6000円近い値段がついてました。ひえー。

とりあえず、わりと最近のバックナンバを取り寄せ中ですが、こういう真面目な雑誌、真面目なインタビュアがマイペースでいい仕事をしてる姿を見ると本当に嬉しくなりますね。

ファンとしては、うわっつらをなぞるようなインタビューなんて、いらないんです。
その制作のコアな部分に突っ込むような、真のプロの仕事を見たいんです。
こういうアーティストとの蜜月な関係を感じさせてくれるインタビュアは市川哲史以来かも?

雑誌の到着が楽しみです。

おまけ
櫻井敦司、ヴァンパイアものといったら土屋昌巳先生プロデュースのこの曲もいいです!
ヴァンパイアものなんだけど、これはどちらかというと「オペラ座の怪人」って感じかな。
●新月

●土屋昌巳先生のインタビュー含む「愛の惑星」ドキュメント

このインタビューがきっかけで、ああ櫻井敦司ってのは正統派シンガーとしてすっごく実力のある人なんだなあって思いました。BUCK-TICKだけでなくいろんな歌を歌ってほしい!


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ギンレイホールで映画を見た後は

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「歩いても歩いても」を鑑賞後、軽子坂を上ったあたりにあるビストロ「サンファソン」へ。

1890円のコースで、前菜、メイン、デザート、飲み物付き。
私は、オードブル盛り合わせ、子羊の煮込み(ナスのムサカは抜いて)、ココナッツのブランマンジェソルベ添え、珈琲をオーダー。
相変わらずの美味しさに幸せ一杯でした。
しかし、おなかも超一杯!パンパンだー。デザートの量は半分にしておけばよかった(反省)。

なかなかの人気店ですので、予約をオススメします。

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歩いても歩いても@飯田橋ギンレイホール

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11月3日(月)ギンレイホール@飯田橋で、是枝監督の「歩いても歩いても」を鑑賞してきました。
なかなか面白かったです。
是枝監督自身、お母さんをなくしたことをキッカケにこの映画を作ろうと思ったようですが、「死そのものより、生前の楽しい思い出を描こうと思った」そのコンセプトがいいなと思いました。
「誰も知らない」もそうだったけど、つらいことや悲しいことの中で(いわゆるポジティブ思考ではなく)救いのある部分にフォーカスして、ほわっとした明るさに仕上げるのがうまい監督なんですよね。
それでいて緻密なまでのディティール、演出ががあるもんだから、分かった上での明るさとか笑いがあるというか、オトナな監督だと思いましたよ。

次回作も楽しみです。

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秋の夜長にハーメルン2

BUCK-TICKのハーメルン、聞き込むほどに実によい曲だなあと思います。
気づいた方も多いと思いますが、BUCK-TICK版は、オリジナルの歌詞をアレンジしてます。
そのセンスが、本当に素晴らしい。
原曲の世界を生かしつつ、しかし、完全にBUCK-TICKの曲にしてます。

レピッシュ版の歌詞でいいたいことは、
「こうして ぼくの街の子供達は 一人もいなくなったのさ」
ハーメルンの笛吹きの伝説本来の意味に近い気がします。

一方、BUCK-TICK版の歌詞でいいたいことは
外の世界への憧憬、そして、「砂あらしにも 負けないマント着て ぼくは家を出て行く」ことなんですよね。
つまり、この歌詞は、ここではないどこかへ憧れ、連れて行って欲しいと願うモラトリアム少年がついに自分の意思で外の世界に出るという歌になっています。
具体的にいうと、BUCK-TICK版では、レピッシュ版の
「街の子供達と 彼等のあとを あしばやに追いかけてみた
ずっと笑われてきたんだね
石を投げられた事もあるんだろう?
泣き事なんか決して言わないから…」
「こうして ぼくの街の子供達は 一人もいなくなったのさ」
ってあたりは削除されてます。
で、
「砂あらしにも 負けないマント着て ぼくは家を出て行く」
このフレーズがトップになっています。

つまり、BUCK-TICK版の歌詞では、
窓の外をゆっくり通り過ぎる楽団は、「ぼく」の憧れの存在として強調され、かつ、家を出て行くのは、自分ひとりの意思であるという内容に書き換えられています。

凄い。

窓の外を通り過ぎる楽団は、例えば、少年少女時代(いや、大人になってからも?)あこがれるバンド・・・あるいは文学、芸術の類でしょうか。
この曲はBUKC-TICK自身が演奏していますが、それと同時に、ここでいう楽団はBUCK-TICKそのものの姿に重なり、また、「ぼく」はファンの姿・・・私にも重なります。

この歌詞のアレンジ、今井さんがなさったのでしょうか。
オリジナルの意味を踏まえると、改めて凄いカバー曲だと思います。

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